和道場

シンポジウム「茶の湯の歴史を問い直す」を振り返る

去る7月29日、「茶の湯の歴史を問い直す」研究会と公益財団法人三徳庵が共催し、日本教育会館で開催されたシンポジウム「茶の湯の歴史を問い直す―創られた伝説(ストーリー)から真実(ヒストリー)へ」に、大日本茶道学会会長の田中仙堂が参加しました。

田中仙堂が共著した『茶の湯の歴史を問い直す』(筑摩書房刊)は「茶の湯」の歴史を、文献史学・美術史学・文学・考古学による総合的なアプローチから再考し、日本の茶の歴史全般を扱う喫茶文化史という新たな枠組みでとらえ直すことを目的とした書籍です。今回のシンポジウムでは、『茶の湯の歴史を問い直す』の著者6名がそれぞれの分野、立場からわかりやすく解説、新しい喫茶文化史の入口にご招待しました。

田中仙堂は、三笠景子(国立博物館主任研究員)、橋本素子(京都芸術大学非常勤講師)らとともに座談会に参加し、それぞれの立場からの茶道に関する捉え方、考えを述べました。以下は、田中仙堂による、シンポジウムでのコメントの一部です。

拙著『千利休「天下一」の茶人』では、利休時代に現代の「わび茶」の含意が存在していると誤解させてはいけないとの意図で、「わび茶」という言葉を使うのを避けました。

私の曾祖父で、大日本茶道学会の創立者田中仙樵居士は、125年前に「茶道本来無流儀」と唱えます。その意味は、茶道が生まれたときにはまだ流儀はなかった、すなわち、現在、茶道が流儀に分かれたからといってそれがはじめからの姿だと思ってはならない、という指摘です。「現在、茶道がわび茶を掲げているからと言って、それがはじめからの姿だと思ってはならない、という発想につながります。

一方、「侘茶」という語が、田中仙樵が明治38年に出版した『茶禅一味』での初出との指摘もあります。「侘び」をめぐっては、曾祖父の歴史解釈と反するようなことをしているのかもしれません。しかし、「歴史に向かう姿勢は相通ずるのではないか考えます。

父・田中仙翁は、『茶道の美学』のあとがきで、「茶の美を見つめるのは、確固とした歴史認識を持ち高度な感受性を磨く必要がある」と述べています。

私の歴史認識が確固たるものになっているかは別にして、重要なのは、歴史に向かい合う姿勢だと考えます。