和道場

相客に心をつけよ

 相客とは、茶の湯で同席する客同士のことをいう。誰を客として招くかは、亭主が決めることであるから、「相客に心をつけよ」とは、誰と誰を客として一緒に招くかをよく考えなさいと解釈すれば亭主への注意になる。

 まずは、自分たちで集まりを企画した場合に、どうやって人を招くかを考えてみていただきたい。誰しも、仲の悪い人同士をわざわざ同席させようとは考えないのが普通であろう。しかし、毎回いつも、よく知っている人同士が決まっているのでは、もの足りない感じがしてくる。たまには、同じ顔触れではなく、新鮮なメンバーが欲しいというのは、茶の湯の集まりでも同じことである。

 茶の湯の亭主には、この人とこの人を茶席で出合わせたらお互いに興味を持つのではないか、といった客の差配も可能なのである。

 戦国時代には、明日は戦場で敵になるかもわからないもの同志が茶席では同席したとはよく説かれている。近代の実業家同士の茶の湯の交流を調査した研究によると、普段は付き合わない財閥グループを越えた交際を可能にしたのが茶の湯であったともいう。

 いろいろな客同士の組み合わせが可能だからこそ、相客に注意をする必要があるわけである。

 また、茶の湯での客組は、「正客」を中心にしてどなたと一緒にお呼びするかと考えることからすると、「相客」は、「正客」以外の「相伴客」という意味にもとれる。

 いざ、茶の湯が始まったら、亭主の心得としては、正客以外の相伴客に対しても十分に心を配りなさいという注意として読むことも重要であろう。

 正客として招いた人が、身分や社会的な地位が高く、相伴客がそれほどではなかった場合、正客にばかり気を使いすぎて、相伴客への配慮がおろそかになるということは起りかねない。交渉の場で、社長に部長と平社員が同行してきたという場合を想定して見たら、社長と部長には気を使っても平社員を無視してしまう、あるいは軽視した経験に心当たりはないだろうか。

 「相客に心をつけよ」とは、「相客に心せよ」というよりも、しっかり、茶会のはじめから終わりまで相伴客に配慮をするように注意するようにニュアンスが込められていると受け止めるべきだろう。

 さらに、客の立場でも、「相客に心をつけよ」を受け止めることも大切だ。

 いっしょに呼ばれ人たちがお互いに気を配りなさいということである。茶の湯の客は、多くても五人程度である。岡倉天心は、『茶の本』で、最大五人という数を「美の神より多く学芸の神よりも少なく」という諺を援用して説明している。愛、慎み、美の女神の三人よりも多く、学芸の神となったゼウスの九人の娘よりも少なくというルールは、欧米人にとっては、ディナーに招く客の数の目安としてよく知られているものであった。それぞれの客が互いに言葉を交わせるようにという配慮が、洋の東西を問わず、客を招く場合にはなされていることがわかる。

 そのように人数を限定して選ばれた客の中で、亭主としか言葉を交わさない人がいたらどんな雰囲気になるか想像してみていただきたい。

 相客には、自分にとって初対面の人も含まれている。初対面の人がいても、亭主が、双方に接点があるはずだと考えて相客を選んでいるはずだと考えて相手に心を開くことも大切だ。

 自分からどう話したらよいのかと思った時には、「心をつけよ」という言葉に再度、注目してみよう。「心せよ」より強い「心をつけよ」という言い方は、客同志だったら、相手の話をはじめから最後までしっかり聞き届けることと考えたらどうであろうか。

 相手の話を聞いているときに、次に何を話そうかと頭の中で考えていたら、それは話を聞いていないことであるとの指摘もある。自分の話題を考えたら相手に心をつけていないとことになるわけだ。

 また、この一緒になった人にも関心を寄せるという習慣は、宴会に行っても、知った仲間同士で固まってしまって、知らない人とはほとんど口を利かなかったことがある人には特に大切な忠告だ。

 大宴会であっても着席であったらせめて同じテーブルに座った人同士は「相客」と考えて、「相客に心つけよ」を実践していたいものである。

 以上、「利休七箇条」として伝えられているテキストをもとに、「利休七則」を検討してみた。茶の湯という文脈の中に落とし込むことで、表面的に解釈された利休七則よりは、さまざまな意味の可能性があることを示し得たのではないかと思う。

 茶の湯の中から、さまざまなもてなしへの配慮が学べるという主張は、何も茶人の独善というわけではないだろう。しかし、独善とは、それだけで十分だと周りを顧みなくなった時に陥る事態であるということにも注意を払わなければならない。

著者紹介:田中仙堂

公益財団法人三徳庵 理事長/大日本茶道学会 会長。

著書に『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版社)、『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『岡倉天心「茶の本」を読む』(講談社)、共編緒に『講座 日本茶の湯全史 第三巻 近代』(思閣出版)、『秀吉の智略「北野大茶湯」大検証』(共著淡交社)、『茶道文化論 茶道学大系 第一巻』(淡交社)、『お茶と権力 信長・利休・秀吉』(文春新書)など多数。