和道場

夏は涼しく

「夏は涼しく」といわれたら現在では、冷房を利かせましょうということになる。しかし、冷房はおろか、扇風機もない時代に「夏は涼しく」をどう実現したのかを確認しておこう。

 高温多湿の日本の家屋では、冬の寒さよりも夏の暑さに対する備えが重視されていた。兼好法師も『徒然草』で「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比(ころ)わろき住居(すまい)は、堪へがたき事なり。」と述べている。

 家のつくりは夏を中心に考えたほうが良いという視点から見ると、狭くて、天井が低く、開口部の少ない茶室はとても夏向き立てた建物とは、認めてもらえないだろう。

 さらに、お茶を点てるためには、火を起こさなければならない。さらに、客の前で点前をするということは、湯を沸かす釜が客と同じ部屋になければいけないということになる。改めて考えみると室内を暑くするような条件ばかりを備えているのが、茶室ということになる。

 この悪条件の中で、茶人は、「夏は涼しく」するためにどのような工夫を凝らしたのかと見直してみよう。

 まず、暑い季節に、湯を沸かす釜は、移動式の風炉と呼ばれる火鉢の上に置かれる。火鉢も暖房器具であるから、茶の釜専用の火鉢が風炉という名称で呼ばれるのは、火鉢とはちがって夏向きの工夫がなされているからである。

 風炉には、大別して、切り合わせ風炉と土風炉の二種類がある。

 切り合わせ風炉では、周囲に羽根が広がった風炉を使用する。現代でも釜めしの容器としてつかわれる釜の周囲に張り出しているのが、羽根であり、茶湯の釜も基本的には、煮炊きをする釜の仲間だと思っていただいてよい。釜の羽は、火鉢の周辺部にのせて釜を浮かせた状態で、火鉢に固定するための工夫である。いうまでもなく、釜の底部の下では炭火が燃えてくれなければならないので、その空間の確保するために釜を中空で固定する必要がある。鉄の釜を上部の縁に載せる必要もあり、切り合わせの風炉は金属でできている。

 一方、釜を中空に固定する方法としては、支柱を立てその上に載せるという方式もある。三本の支柱を底部で円でつないだ形の鉄製の「五徳」を、円の方を下にして火鉢の底部に設置して、上に向けて均等につきたてられた三本の支柱の上に釜を置く形式の火鉢も存在する。支柱の高さによって、炭を入れる空間を確保するわけである。この形式の風炉を、土風炉と総称する理由は、火鉢が焼物、すなわち土を原料としているからである。

 さて、長々と切り合わせ風炉と土風炉の形状を説明したのは、それぞれを準備する過程で、「夏は涼しく」が意識されているからである。

 切り合わせの風炉の場合は、火の周囲を均等に囲むような形での形状をとることができる。一方、土風炉の場合は、火の周辺を囲うように作られてはいるけれども、正面の部分は窓を開けたように切り下げられている。その代わり正面には、半月型の土器を、火を防ぐように、円弧を上にして立てる。前土器と呼ばれるその器を立てることができるのは、灰が風炉の中には入れられているからである。この灰は、火力を釜の底部に集める効率よく集めるためかつ、風炉の中で空気を対流させて、火が消えないようにするために不可欠の工夫である。湯を沸かすために不可欠な火力を釜の湯を沸かすことだけに集中させ、室内の気温をあげることにはできるだけ寄与しないようにするのが

 風炉は、茶室内では、亭主の前に、水指と並んでおかれるが、風炉の位置が客の反対方向におかれるのも、火を客に近づけない工夫(夏は涼しく)になるわけである。

 風炉が必要なのは、夏であっても熱い茶を必要としたからであろう。現代では、冷たくした茶を出すことが、「夏は涼しく」となりだが、抹茶に限らず熱い茶が飲まれてきた。冷たい飲み物で胃腸を冷やすと消化酵素の活動が鈍り消化不良を起こすことを、経験的に知っていたことに加えて、熱いお茶を飲みほしたときに、涼味を感じるからであろう。

 また、正式な茶事は、正午に集まる茶事とされるが、最も暑い時間である。ならば、その時間をさけ、早朝や夕方に席を設ければ良いではないかと考えたのが、正式の「正午の茶事」に対して、「朝茶」、「夕ざり」と呼ばれる茶事である。

 打ち水も茶事では涼しさを演出するために欠かせない。前日からたっぷり水を打ち、地中に水分を含ませ地熱をとる様にしておき、当日の朝はさらりと打つと、地面も水浸しにならずに、しっとりと涼やかな露地となる。

 また、茶室の障子を簀戸に代えると風通しがよくなり、涼やかさを感じられる。暑さを避けて、朝から集まったのならば、客も茶席に入るのに時間をかけないように席に入る。

 席に入ると朝茶では、まず花が床の間に飾られている。たっぷりと葉に水のうたれた姿で、涼しさを演出する。しおれた葉はもちろん、余分な葉をへらしてスッキリと整え、水揚げをよくして生き生きとした花の姿となるように準備をする。

「夏は涼しく」という言葉からは、直接的な目的に向けて力を集中させることと同時に、目的に近づいたように様に感じさせることへの目配りの必要を感じ取っていただきたい。

著者紹介:田中仙堂

公益財団法人三徳庵 理事長/大日本茶道学会 会長。

著書に『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版社)、『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『岡倉天心「茶の本」を読む』(講談社)、共編緒に『講座 日本茶の湯全史 第三巻 近代』(思閣出版)、『秀吉の智略「北野大茶湯」大検証』(共著淡交社)、『茶道文化論 茶道学大系 第一巻』(淡交社)、『お茶と権力 信長・利休・秀吉』(文春新書)など多数。